アガペホームについて

アガペホームについて

アガペホームはタイのチェンマイに位置するHIV/AIDSの赤ちゃんのための施設で、タイ中に蔓延していたHIV/AIDSの影響によって苦境に立たされた子供たちのために1996年5月にオープンしました。アガペホームにやってくる子供たちの多くがHIV陽性、もしくはその危機に瀕しています。彼らの多くがAIDSによって親を亡くしており、世話してくれる人たちがいません。

アガペホームは100人を超える0〜21歳の子供たちに愛にあふれた家庭環境を提供しています。

アガペホーム 「ニッキーの家」の歴史

ニッキー・ライドアウト -最初の希望の種

1992年11月6日にタイのウタイタニ県にある病院で生まれたニッキーは、のちに病院で両親から捨てられました。その後HIV陽性と分かり、チェンマイにある政府の孤児院に移されました。その孤児院にいる間に様々な感染症を発症し入退院を繰り返しました。

私はその孤児院のボランティアをしており、HIV/AIDSの赤ちゃんのために新設された部屋を手伝うことにしました。ニッキーに最初に会った時、すぐに私たちの間に強い絆が生まれました。最初から私はこの小さい少女のために家族間でしか受けることのできないような愛を注ぎ、世話をしたいと思いました。

孤児院からニッキーを私の家に連れて帰る前に、私は神様に「もしニッキーという一つの種を与えてくださるならば、恵まれない赤ちゃんのための家を作ります」、と約束しました。ある朝、私はニッキーを連れて孤児院のオフィスに行き、直接院長にニッキーを家に連れて帰ることができるか尋ねました。院長のその日の答えはきっぱりとNOでした。そんなことを政府の孤児院が許可することは絶対にできない、と。なので私はもう一度頼みました!そしたら院長は「あなたはいつも何か難しいことを頼んでくるわね!」と答えました。しかし院長は私がニッキーを一日家に連れて帰って、私の家族と一緒に写真を撮ってもいいと言ってくれました。そうすれば院長はその写真を児童福祉委員会に持っていき、ニッキーが私の家族と一緒に暮らせるよう申請することを約束してくれました。

その日私はニッキーを家に連れて帰り、一緒に写真を撮りました。夕方には孤児院に写真を持っていきましたが、ニッキーは連れていきませんでした!彼女はそれ以来私たちと一緒に暮らしています。数日後、院長から連絡があり児童福祉委員会が私たちがニッキーの里親になることを認め、これからもずっとニッキーの面倒を見ることができるという素晴らしいニュースをもらいました。院長はまた、AIDSの子供を養子にもらうのは絶対無理なのでそのことは頼まないで、とも言いました。

ニッキーが最初に私たちの家に来た時、彼女はひどく病気でした。下痢、耳感染症、鼻血、肝腫大、脾腫などAIDSに関連した沢山の症状が体に表れていました。また、側頭部のこめかみ近くにあった大きな嚢胞を取り除いたため、髪の毛はほとんどありませんでした。

私たちが神様と約束をする時、神様が約束を守ってくださるかという心配は必要ありません。なぜならそれは必ず起こるからです。今、アガペホームがあるのは神様が約束を守ってくださったお陰です。ニッキーの種は世界中に広がり、愛の力によって子供たちの人生が変えられ、アガペホームを訪れる人たちもそのことを見て感じることができます。

ニッキーの人生はタイ人たちの人生をも変えました。彼らは私たちがアガペホームでHIV/AIDSの子供たちをどんな風に愛し世話をしているか、またHIV/AIDSの子供たちが病気を抱えてない子供たちとどのように一緒に生活しているかを見ることができます。1996年5月3日に正式にオープンしたアガペホームは私が最初に孤児院の院長にニッキーを連れて帰ることを頼んだ時、神様と結んだ約束の結果です。こんにちアガペホームの目立つところにニッキーの大きな肖像画が飾ってあり、彼女の存在は私たちの生活の糧です。ニッキーは美しく快活な子供に育ち、これからもずっと私たちみんなの喜びです。

私たちはのちにニッキーを養子にもらい、彼女は今十代となり健康状態は良好です。ニッキーは愛情のこもった世話をとおして健康と人生を取り戻しました。彼女は愛されていること、それから家族に受け入れられていることを知っています。それはアガペホームの子供たちも同じです。

―エヴィス・ライドアウト、ニッキーの家 アガペホーム創設者